Tragedy(悲劇)

2017-05-27

つらいときは、
人生の脚本家視点になってみるといいと
思います。


自分の人生を自由に描ける脚本家だとして。

ストーリーを盛り上げるためには
どうしたらいいでしょう?


楽しいことや嬉しいこと、幸せなことだけ起これば、
人生という物語は盛り上がりそうでしょうか。

生まれたときから
ずっと幸せな状況だったら、
どう感じるかイメージしてみてください。



幸せな状況を、幸せと思えない気がしませんか。


面白いもので、良いことばかりが良いとは限らない。


自分で自分に大きな幸せを感じさせようとしたら、
不幸も感じさせる必要があるかもしれません。


闇が強いから、光も強くなる。

光あるところに、闇がある。


だから、
もし今が辛くても、

「そっかー、大きな幸せの伏線なんだな」

と思ってみてはいかがでしょ。


だれかが言ってましたが…….

「辛い」という漢字と「幸せ」という漢字は似てる。

そして、難が有ると書いて、
ありがたい。



実は辛いときも幸せなときも、
今このときは「完全」なのです。

今だけが魂のホーム(家)なのです。


だから、家に帰ったとき、何と言うでしょうか?


ただいま〜

只今。




以前の私は、
過去を恨み、未来を不安に思いながら、
ずっと何かを考えて生活していたと思います。

その場に、過去も未来もなかったのに。


過去も未来も忘れましょう、ってことではないです。

たしかに過去も未来も、
概念としてはあります。


ですが、体験することができるのは、今だけなのです。

この今です。

コレです。


そして、この瞬間の今、何を選択するかは自由です。


私は以前、
自由を目指してお金儲けを始めたことが
ありました。

当時の私が思っていた自由とは「時間とお金の自由」です。


しかし時間もお金も自由になったら、
今度は行動できなくなりました。

なぜなら、
強制力がないので何をしても良いからで、
今度は怠けるようになったのです。


自由という不自由がそこにありました。


そんなとき、ふと思いました。

フリーターだったときは1日12時間以上働いていて、
休みも本当にわずかでした。

しかし、
とっても疲れているときの
たった15分の休憩は
何故かとても価値のあるもので、
安らぎました。


不自由という自由がそこにありました。


(もちろん豊かさを選ぶという意味では、
無理に大変なことをする必要はないのですが…)




本当の自由を感じるのに、
今の状況はあまり関係ありません。

なぜなら、常に自由だったからです。

これからもそうです。


それがたとえ極限まで追い込まれた状況でも、です。

たとえ体を拘束されて、
動けなくなったとしても。

たとえ死ぬ寸前だとしても。

たとえ牢屋に閉じ込められても。

本質は自由なままです。


なぜなら、僕らの本質は3次元の物体ではないからです。

3次元の世界を観測するには、
1個上の4次元に居る必要があります。

3次元のそれ自体が3次元を認識することはありません。


ちょっと難しいでしょうか?


たとえですが、
目で目そのものを見ることはできないですよね。

(鏡で目を見ることが出来ますが、それは本物ではないことを知っています。)

そのもの自体は、そのものを認識できないのです。

ところが目があるような気がしますし、
「見ること」で体験されているような気がしますよね。


では、「何が(誰が)」見ているのか。

「3次元的な目という器官で見ている」という知識を持ってはいますが、
体験としては意識の中に浮かんでいるように感じます。


感情でも思考でも肉体でもなく、
「意識」という自由なものがあるのかもしれない。


そこがあなたの家であり、いつでも今と共に在ります。


     *


あんまり関係ないですが、
澤野さんの音楽が好きです。

そして「トライアングル」というドラマが好きでした。

知ってる人少ないかも(笑)


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