嫌がらせを受けてるときに読む記事

2017-06-11

嫌がらせを受ける、
という相談を受けることがあります。


どこにでも嫌がらせをする人は出没するようです。


逆に、意図せずに嫌がらせをしてしまうときもあるんじゃないですかね。

嫌がらせするつもりはなくても
相手が勝手に嫌がらせを受けたと思うアレです。


私は小さいころ友達ができず、
大勢で遊んでいる人たちを見て

「嫌がらせだ!」

と思っていました(笑)

みんなで遊んでいた彼らには悪気はなかったはずですが、
私が嫌がらせを受けてると
勝手に思っていたのです。


嫌がらせを受けるのも嫌がらせをするのも、避けられないように見えます。


そういえば、

「嫌がらせをする人がいる状況でも
黒澤先生の教えを実践するにはどうしたらいいでしょう?」

という質問もいただきました。


困難な状況は成長するチャンスでもあります。

しかも、あらゆる教えが実際に役立つのは、
こういうときです。

壁が1つもなければ教えは不要ですからね。


で、まず、悩んだときおすすめなのは、

自分の悩みをすごい人に相談したら、
どういうアドバイスが来そうか?


という感じで、
まず自分で予想してみることです。

すると悩みが1段階抽象されるので解決に向かうときがあります。


誰かに悩み相談しようと思ったら、
自分の悩みを「客観的にわかるように」伝えようとしますよね。

この行為自体が悩みから抜け出しやすい状況を作ってるのデス。


というわけで、
ぼくらがすごい先生に「嫌がらせをうける」と相談したら、
多くの場合はこんなことを聞かれるでしょう。

「どうして自分から嫌がらせを受ける状況を選んでいるのですか?」

と。


嫌がらせする人を精神席に倒す方法を教える先生もいるかもしれませんが、
これは長続きしないので私はおすすめしません。


自分が変わるのが難しいのと同じく、いやそれ以上に、
嫌がらせする人を変えるのも
簡単ではありません。

仮に変えるのに成功したとしても、
今度は別な人から嫌がらせを受けるかもしれません。


というわけで、相手を変えるのは難しい前提で話を進めます。


これを言ったらあれなんですが……

その場から逃げるというのは、1つの良い手段だと思います。

関わる人によっては
うまくいかないこともあります。

なので、
そのグループやコミュニティから抜け出すことを
考えてみてもいいでしょう。


でも、それが出来ない理由もあるので悩むんですよね。

でもこれって考えても見れば、
嫌な人と関わってでも「得たい何か」があるってことですから、
そっちを優先してることに気づくことも大事です。

お金なのか、安心感なのか、やりがいなのか……


もし今まで優先してきたことが人生で優先すべきことでないなら、
逃げるのもありです。

逃げられないというは思い込みの可能性もあります。

が、
逃げても良くならないこともあるかもしれません。

最終的には自分が変わる必要があることに気づくはずです。


そしたら本心にこう聞いてみるのはいかがでしょう。


私のどんな価値観や雰囲気が、周りの人の嫌がらせしたい気持ちを
引き出しているのだろう?



嫌がらせを何回も受ける人というのは
(あなたの周りにも居るかもしれませんが)、

「どうぞ、嫌がらせをしてくださいませ」

という雰囲気(オーラ)を出しています。

そして
そういう人が実際に嫌がらせを受けると、

「なんてことするの!」

という黒い雰囲気(オーラ)を出し始めます。

罠を仕掛けておいて、誰かが罠にかかったら攻撃を始める。

(-◞८࿆◟࿆-)


そういう人たちを許してあげてください。

「まわりに加害者を生み出し、自分が被害者になる」というパターンを、
今まで何回も繰り返してきたのです。

しかも無意識で。

もし許すことができれば、
自分が同じことをしてしまうことが減ります。

他者を許すことは、自分も自由にしてあげることでもあるからです。


さて、
次の自分への問いはこれです。


どうして嫌がらせを受ける状況を受け入れないのだろう?


嫌がらせを受けたままでも教えを実践することができるし、
幸せを感じることはできますし、豊かになることはできます。

真の豊かさは「状況の影響を受けない自由な精神」にあるからです。


とはいえ、「そんな精神にはなれません!」と思う人もいるかもしれません。

そんなときは、
ムリに変わろうとせずに自分の気持ちに気づいていったらいいです。

嫌がらせを受ける状況を許可してしまったら、
あなたの自我にとっては
なにかが問題なのです。

何が問題なのでしょう?


たとえば、

・誰かを許さなければならない。

・自分が負けた気分を味わいたくない。

・傷ついてはいけない。

など、
自分の心の深い部分が見えてきます。


「じゃあこういう自分をどうやったら治せるか」みたいな
アプローチも出来るのですが、
あんまりおすすめしません。

「治す」という言葉の裏には、「問題がある」という前提があるからです。

すると、

「〇〇がこうなれば、治る」

「〇〇がこうならなければ、治らない」

みたいに考えちゃって
状況も思考も複雑になっていきます。

本当は自分の素の気持ちにただ気づいて、
素直に

「改善しよう!」

ってだけでいいんですが。


治さないなら、具体的にどうするか。

シンプルに書くなら

「精神的なリーダーになること」

です。

その状況で
まるでマザーテレサのように愛を表現するなら
どのような選択ができるか。


自分の「こうしたい」を手放すのか。

「相手をこうしてやりたい」を手放すのか。


最初は難しく感じるかもしれませんが、
精神的なリーダーになった瞬間に状況は簡単になります。


難しくするのは自我だけだからです。




むずかしく考えるのは置いておいて。

あの静けさを思い出して感じてみよう。


希望





自由



……


そんな心地よいエネルギーを感じていれば、
あとは自分以外のすべてがいいアイデアをくれる。

風が運んできてくれる。

感想や質問は遠慮なくどうぞ

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