何かが終わり続け、何かが始まり続ける

2017-06-12



私は親や親戚から可愛がられて育てられました。

それは良いコトのように思うかもしれません。


しかし、私は
周囲からの期待に応えようとするあまり、

嫌われないように…

認められるように…

捨てられないように…

褒められるように…

周りを気にして生きるように
なりました。


ある時期になると、
自分が思っているよりも周りから愛をもらえてない気が
するようになりました。


「どうして、自分はこんなにやってるのに…!」


その頃から何かが壊れ始めました。

いや、もともと壊れかかっていたものが
オモテに出て来たのだと思います。


自分に価値があるのを認められるために、
本当の自分を隠すために、
何かから逃げるように、いろいろなことに熱中するようになりました。

手品をやってみたり、音楽をやってみたり、仕事に熱中してみたり、
ビジネスを始めてみたり、ゲームを何百時間もやったり。

どんどん本当の自分という中心からズレていきました。


すると、いつからか正体不明の不安に襲われるようになりました。

小さな問題はありましたが、
特に大きな問題があったわけではありません。

ましてや、すぐに死にそうということでもありません。

ところが、
精神は異常に不安定だったのです。

これは経験したことがある人にしか
分からないかもしれませんが、
「特に何もない」というのも怖ろしいことでした。


……

ここで奇跡のような出来事が起きて、
覚醒したのであれば物語としては面白いかもしれませんが、
私の場合はそういうことはありませんでした。

代わりに、変化はゆっくりと起こりました。


変化出来たのは、多くの人との出会いがあったからだと思います。

特にお客さんとの関わりは
私にとって
重要な意味があったように思います。

当時は私がお客さんを助けていたと思っていましたが、
本当は私がお客さんに助けられています。


「ありがたいことだなぁ」と感じていたら、
徐々に何かが終わっていきました。

自分の中の古い何かが死んでいったのです。


……


それからは全てが逆転していきました。


今まで外側で起こっていたと思っていたことは内側で起こっていて、
内側で起こっていたと思っていたことは外側で起こっていました。

思考は動いているものの、すべては深刻ではなくなりました。


そして、

「あぁそうか、
今までは避けられないことを
避けるように生きてきたんだ」

と気づきました。


以前の私は、

何かが悪くならないように…

不安が大きくならないように…

傷つかないように…

外に出れば明るく振る舞うものの、
本当は縮こまって生きていたのです。


小さく、小さく、小さく。

安定、安心、安全に。

これ以上、迷惑をかけないように。



もう、こんなのは辞めよう!

と思ったら、
尊敬する人に出会うことができました。


その方はこう仰っていました。


ーーーーー

大きく考えて、
大きく動き、
大きく変えていくこと。 

大きくしたらトラブルも起きる。

しかし、
そのトラブルを通じて魂が磨かれていく。


ーーーーー


「あぁ、やっぱりぜんぶ逆だったんだ」

そう思いました。


     *


この記事を書いていてふと、

「何十億人の人たちが、
今この瞬間に同時に意識があることって、
とても面白いことなんじゃないかな」

と思いました。


もし過去の行いに関して罪の意識を持っているのだとしても、
それはもうどうしようもないものです。

なぜなら、
今この瞬間の連続にしか
完全には責任を持てないからです。



逆にいえば、今この瞬間には完全に責任をとれます。

今この瞬間は自由です。

最初は過去の延長で生きている
感覚を持っているかもしれませんが、
実は非連続的に生きることが出来ます。


何かが終わり続け、何かが始まり続ける。


ただその繰り返しが楽しみです。

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