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輝くものはいつもここに

2017-06-08

過去に行って、過去の自分に会うことが出来るとする。


だとしたら、
自分は過去の自分にどんなアドバイスをするだろうか、と
考えてみました。


最初は、いろいろと
あーだこーだと言ってやりたいと思いました。


でも、よく考えてみてやめました。


何かを言ってしまったら、
過去から見た未来の自分、つまり、今の自分が、
変わってしまうような気がしたからです。

たとえば、私がアドバイスをしたことによって、
何か1つの失敗を経験しなくなったとしたら。

その失敗によって会うはずだった人と会えなくなるかもしれない。

その失敗によって得るはずだった成功を失うかもしれない。


過去の自分にアドバイスして、
良い方に変わろうとも、悪い方に変わろうとも、
それはなんとなく嫌なことでした。


心のどこかで「今までの自分の人生のストーリーが完全であった」と
思っていたことに気づいたのです。


もちろん
後悔していることもありますし、
できれば無かったことにしたいこともあります。

でもそれも含めて完全であったという確信が、今はあります。


というわけで、
過去に行って過去の自分に会えるとしても、
何も言わないと思います。


そう考えてみると……

未来の自分も、
今の自分を信頼して見てくれているのかなぁ、
なんて思います。




何かが欠けていると思っていた。


お金が欲しいと思うとき、お金が欠けていると思った。

恋人が欲しいと思うとき、恋人が欠けていると思った。

成功が欲しいと思うとき、成功が欠けていると思った。


お金があれば、恋人がいれば、成功すれば……

「もしこうなれば」と考えるほどに、
今の自分を否定することになった。

「今はない」と感じるようになった。


でも、ぼくらは「ある」も「ない」も超越している。


「欠けている(ない)」と思っているときでさえ、「欠け(ない)」が「ある」。

「欠けてない(ある)」と思っているときでさえ、「欠け(ない)」が「ない」。


理想の中には現実があり、現実の中には理想がある。

過去の中には未来があり、未来の中には過去がある。

自分の中には他人があり、他人の中には自分がある。


すべては1つのものだから。

わけることはできないから。





直感で始めたことが、後で繋がることが増えました。


たとえば、
「今は必要じゃないけど買っておこう!」と思って購入した本が、
後になって役に立つということがあります。

思わず、

「過去の自分ナイス!」

と言ってやりたくなるくらい。


もちろんすべての直感が正しいわけではありません。

でも、
自分を信じているときは、
未来の自分に応援されているので、
高確率で未来でいいことが起こります。

逆に、今の自分に何かが足りないと思っているときは、
何かを埋めるための行動をしてしまい、
余計に遠回りしてしまうことが多いです。


ポイントは今の自分(本当の自分)と仲良くしてるかどうか。

つまり、
すべてが今ここにあることに気づいているかどうか。



たしかに「自分には」何かが足りないと感じるかもしれません。

しかしそれは、所有しているか所有してないか、
くらいの意味です。

自分が全体だと考えれば、すべては揃っていたのです。


     *


多くの人の相談に乗って分かったことは、
“探し物”が「どこか」にあると思っていることです。

ところが、探している本人そのものが探し物そのものなのです。

「究極の理想に到達しない理由は、本人そのものが究極の理想だったから」
というオチ。

(๑ʘ∆ʘ๑)


これは最初、よく分からないかもしれません。

「分からない」と感じるのさえも、
深い部分では「分かる」を探しているからです。


ですが、
思考は「分かれば」どうにかなると思います。

「分からなければ」どうにかなると思うかもしれません。


今に何かが欠けてると思うので、すぐに思考が未来に飛んでしまうのです。


そんなときは、
“探し物”を持っているときのエネルギー(感覚)を感じてみたらいいのでは、
と思います。



たとえば……

お金を探してるならお金を持ってるときの感覚を「今」感じてみる。

悟りを探求してるなら悟ってるときの感覚を「今」感じてみる。

パートナーを探してるならパートナーと一緒に幸せになってる感覚を「今」感じてみる。


実は”探し物”がなくても、その深い幸せを感じることができます。

なぜなら、
本当は探し物自体を探しているわけではなく、
その先にある光(一体感、愛、全体性)を感じたいだけだからです。



そして、その光は今ここにもあります。

すべてから光を見ることができます。


実はそれを思い出すだけなのです。





追伸.

裏メルマガのお返事をたくさんいただいております。

全員は難しいですが
(しかも時間がかかることがありますが)、
なるべくお返事したいと考えています。

いつもありがとうございます。

心配蘇生のアナロジー

2017-06-06

最近、
不安を強く感じたことはあったでしょうか。

もしくは今も不安を感じているでしょうか。

全く不安を感じないでしょうか。


この記事では不安について書いていきますが、
最後まで読んだからといって
不安が消滅するかどうかは分かりません。

そもそも、私も不安になるときがあります(笑)

そんな私が誰かの不安を消したり、
癒したりできるかどうかは正直、不明です。

が、
読み終わったときには
不安に対しての「見方」は変わってるんでないかなぁ、
と思います。


ふわっとした入りですが、よろしければおつきあいください。


……

本題ですが、
そもそも「不安」って明確に

「こういうモノです」

っていえないと思うんですよね。


なんか不安なときって、
こころがモヤモヤするじゃないですか。

色でいったら黒でしょうか。

体は重くなって、なにか得体のしれない恐怖を感じる。

呼吸が浅くなったり
体が震えたりするときも
あるかもしれません。


とにかく、
「なんかよくわからないけど」不安なんじゃないかな、
と思います。


というか、
「よく分かって」たら不安にならない気がします。

たとえば、幽霊とかも分からない要素が多いから怖いんじゃないですかね。

幽霊がふつうにそのへん歩いてて、
「おはよう!」とか明るく話しかけてきたら
あんまり怖くないですからね。

まぁ、それはもはや幽霊じゃないですが。


よく分からんけど、不安になる。

よく分からんから、不安になる。


そう思います。


そんなとき、ネットやテレビなどで、

「不安について考えるから不安になるんですよ」
「不安は単なる妄想ですよ」
「不安ではなく、いいことについてイメージしましょう」

みたいな情報を見ても、

『いやいや、そんな神様みたいに考えられたら、苦労せんよ!』

とか思っちゃいます。


というわけで、不安になったら、どうしようもないかもしれません。

どうしようもないので、

「どうしようもなくしておくのがいいのでないかなー」

と思ったりもしちゃいます。


どうにかしようとするから、
余計にどうしようもなくなる。

( ╹ਊ╹)


ですが、これだと

「黒澤さん、言ってることはなんとなく分かるのですが、
もう少し具体的な話もしてください」

というツッコミがどこからかやってくる気配を感じるので、
も少し続けます。


不安をどうにかする方法。

それは

……

「ハイパー不安になる」

という方法です。


これは怖れていること全てが、実際に起きたイメージをする方法です。

そんなことしたら現実に引き寄せるのでは!と思う方もいるかもしれませんが、
数分イメージするくらいなら引き寄せませんのでご安心ください。


……


ためしに今やってみますか。

(なんか不安になってきた!)


まず、自分がどんなことを怖れているのか、
正直に考えてみます。



本当は何を怖れてるんですかね。


これ、意外と全部発見するのは難しいですよ。

というか、
最初は全部を見つけるのは無理だと思います。

なので思いつくのだけで大丈夫です。


たとえば、

・お金がなくなるのが怖い

・病気になるのが怖い

・孤独になるのが怖い

みたいな。

まぁこれらはよくあるやつですよね。


ここで、できるだけ具体的に、
細かすぎるくらいにイメージするのがいいです。

たとえば、

「孤独になるのが怖い」

なら、「具体的にどんな状況が孤独といえるのか」まで、
考えてみてください。

みんなと居ても精神的に孤独なら孤独なのか、
物理的に1人になるのが孤独なのか、
つまり、

「本当は”どんな孤独”が怖いのだろう?」

と考えてみる。


自分にとっての恐怖。

マイ恐怖を素直に、丁寧に、実際に、見てみてください。


……

あ、ちなみにですね。

このステップで不安が消えてきちゃうときもあります。

先の幽霊の話と似てるんですが、
「自分ってこれが不安だったんだ!」と気づいた時点で、
それが不安要素ではなくなる。

ときもあるからです。


でもこれは根本から消えたわけではないので油断しないように
ご注意くださいませ。

不安というのは、かたちを変えて何度もやってきます。


というわけで続けます。


次は、怖れている状況が実際に起こったイメージをしてみます。

ここで、どれだけ臨場感を持ってイメージできるかで、
あとで効果に差がでてきます。

怖れている状況に置かれた自分に、本気で!なりきってみましょう。


お金も無くなって……

大切な人もいなくなって……

孤独になって……

健康じゃなくなって……

最悪なことが起こって……

自由を失って……


回避したい絶望的な状況を、極限までリアルに臨場感をもたせて描きます。


そして超演技が上手い俳優になった気分で、
その絶望的な状況に、自分が置かれていると思ってみてください。

映画のどん底のシーンを思い浮かべてもいいでしょう。


涙が出てくるかもしれませんが、それでも続けてください。


本当に深いレベルでその恐怖を味わいきったとき、
死んだような気分になるのですが、
その闇の先にほんの少しだけ光が見えてくる瞬間がやってきます。



そしたら、意識を徐々に現実世界に戻してきます。

ここで、
すごそうなBGMスタート!してもいいかもしれません。




今度は現実で受け取っていたものを思い出していきます。

生まれ変わった気分になってみてください。

まるですべてを初めて見る気分で。

すると、すべてが真新しく感じてきます。


今ここにある体。

今ここにある物。

今ここにあるお金。


まわりにいる人、ご縁。

大切な人の一瞬の笑顔。

大切なことを教えてくれた人。


あらゆる記憶。


空。

葉っぱが擦れる音。

頰をなでる風。



     *


日常が非日常だったと気づくかもしれません。

たった今が奇跡であることに気づくかもしれません。

そのとき、
不安(死)と生は一体だったのだと
気づくかもしれません。





たまには自分で撮った写真を使ってみた(´ゝ౪◔`)

原因と結果のトラップと未来と過去のストーリー

2017-06-04


もしかすると……

「変わらなければならない!」と、焦ってはおりませぬでしょうか。


変われば、なんとかなる。


こう思っているときは、

「変わること」

を忘れているかもしれません。


なんじゃそりゃーって感じかもしれません。


つまりですね……

とってもシンプルに「今」変わればいいだけなんですが、
「いつか変わろう」とコッソリ思っているかもしれない、
ってことです。



じゃあ、ぼくらはなぜ、今すぐ変わろうとしないのか?


それは……

「変われない」という結果の原因が、
過去にあるからだと思っているからなのかもしれません。



よく「原因と結果(因果)の法則」みたいなものがあり、
こういう考え方もアリなんですが、
場合によっては、

「あれがあったから、変われない」(過去のせい)

「もしこうなれば、変われる」(未来のせい)


という時間感覚の罠にはまってしまうかもしれません。

よく考えてみると、
これは影響できないものを原因にしているので、
結果を変えられないことになってます。


わかりにくいでしょうか。


今起きていることの原因が過去にあるとしたら、
今というのは過去の影響を受けたものになる。

すると、今というのが新たな原因となって、未来という結果を作る。



図にするとこんな感じ。

ーーーーー

過去(原因) → 今(結果)

今(過去の結果という原因) → 未来(過去の結果という原因の影響を受けた結果)

ーーーーー


「あらら、これじゃあぜんぶが決まってることになるから、
何も変えられないじゃん!」


ってことです。


このように
「今が過去という原因の結果だ」
と思っている人にたいして、

「こうしたら上手くいくますよ!」

とアドバイスしても、

「でも、○○だから(原因があるから)出来ないです」

となっちゃいます。

これが原因と結果という考え方の罠です。


「でも」「だって」「どうせ」という言葉が口から何度も出ているときは、
この罠にはまっているかもしれません。



意外と勉強を頑張ってる人の方が複雑になることが多いです。

というのも、いつのまにか
勉強したことを新たな原因にしちゃうからです。

たとえば、

「メンタルブロックがあるから、○○できない」
(メンタルブロックが解除されれば、○○できる)

「体に悪いのを食べたから、○○できない」
(体に良いものを食べたら、○○できる)

「念をあてられたから、○○できない」
(誰かが念をあてなければ、○○できる)

「トラウマのせいで、○○できない」
(トラウマが消せれば、○○できる)

といった具合に。

上に書いたような原因は、可能性としてはあるかもしれませんが、
すべてのことはつながっているので、
実は、どのように考えるかは今この瞬間には完全に自由なのです。


大事なのでもう一回書きます。

どのように考えるかは今この瞬間には完全に自由なのです。


そもそもですけど……

過去や未来ってないよねー!

とも思います。

0.00000001秒でさえも、過去や未来に行ったことはないです。

もちろん思考は時間感覚を生み出すので、
過去や未来という「イメージ(想像)」はできるかも
しれませんが。


影響を及ぼせて責任をとれるのは、常に、たった今の連続だけ。

体験できるのも今だけ。

今だけが原因であり結果。



この感覚はちょっと分からないかもしれません。

というよりも、
思考ちゃんには理解できないです。


こんなときさえも思考ちゃんは、

「理解すれば、どうにかなるぜ!」( ´´ิ∀´ิ` )ドヤッ

という原因と結果を作るかもしれません。

思考ちゃんは、時間軸(ストーリー)で、
ものごとを考えているからです。


このストーリーが厄介。


たとえば、

「お金がないから(原因)、幸せじゃない(結果)」

と思考ちゃんが言うときがあると思いますが、
これだとどうなるかというと、

「幸せじゃない(幸せにならない)ために、お金をなくす」

という行動につながってしまう。


他の例。

太字の方がホンネかもしれません。


「コミュニケーション能力が低いから、嫌われる」

「嫌われるために、コミュニケーション能力が低いことにする」


「容姿が悪いから、愛されない」

「愛されないために、容姿が悪いことにする」


「分からないから、勉強したい」

「勉強したいために、分からないことにする」


「旦那(妻)がしっかりしないから、大事なことに集中できない」

「大事なことに集中しないために、旦那(妻)がしっかりしないことにする」


「えー、そんなわけない!!」と、思考ちゃんは思うかもしれません。

もしかすると猛反撃してくるかもしれません。


でもですね、
本当に変わりたい人は、

「なんたらだから、うんたらになってる」

という考え方を手放した方が良いかもよ、と思います。

逆説的ですが、
「変われば(原因)、なんとかなる(結果)」という考え方は、
変われない結果を生み出すからです。


だって、

「変われば」

って思ってる時点で、

「今、変わらない」

ってコミット(確定)しているような
ものですからね。

バッサリ(;゚;Д;゚;;)


もちろん「変わらなくていい」と書くつもりはありません。

変わった方がいいのですが、
「変わらないと……」というマインドそのものは
変われないことにつながっちゃいます。

かといって、

「変わらないというマインドを変えなきゃ」

とか考えると、
思考ちゃんが悪さして

「変われないマインドを変えれば、なんとかなる」

というストーリーを生み出すかもしれません。


というわけで、ここから、とーっても大事なことを書きますけど!
(まぁぜんぶ大事なんですが)


「変える」というよりも、結果的に「変わる」のです。

もっというと、
「変える」のよりも、本当の自分に「帰る」のが大事。

そもそも、本当のあなた自体が原因であり結果だからです。



今この瞬間、過去も未来も創造できる。


だとしたら、どんな希望を描きましょか。






毎日がレボリューション

前提に気づいたとき、既知から未知へと進む

2017-06-02

「何を」考えているかについては詳しいけど、
「何が」考えているかについては詳しくない。

「何を」感じているかについては詳しいけど、
「何が」感じているかについては詳しくない。

「何を」話しているかについては詳しいけど、
「何が」話しているかについては詳しくない。

「何を」聞いているかについては詳しいけど、
「何が」聞いているかについては詳しくない。

「何を」しているかについては詳しいけど、
「何が」しているかについては詳しくない。




「不安に負けてしまう」

と感じるときがあるかもしれません。


こんなとき、どうしたらいいでしょう?


精神世界や心理学の先生に相談したら、
色々な答えが返ってくると思います。


「不安なんて存在しないんだよ」

「不安に負けない精神を作りましょう」

「不安に思うから、不安を引き寄せるのです」

「不安な気持ちも役立つときがありますよ」

「不安になっても意味がありません」

「不安と安心はセットでやってくるのです」



こうした言葉で落ち着くことがあるかもしれませんし、
どれも

「納得いかない」

と感じることもあるかもしれません。

そんなときは、まず、

「あ、納得したかったんだな!」

と気づいてみてはいかがでしょう、と
私は思います。


「自分がなにをしたいか」を考えると、気づきがあります。


たとえば、

「どうして不安になるんだろう」

と悩むよりも、

「どうして不安でいたいんだろう」

と考えてみた方がいいかもしれません。


なぜなら、

「どうして不安になるんだろう」

と思うとき、
不安の原因がドコカにあると思っていますが、

「どうして不安でいたいんだろう」

と思うと、
不安の原因がココにあることに気づき始めるからです。


ドコカに原因あると思っている状態で誰かにアドバイスを求めても、
返ってくる答えに納得する可能性は低いです。

答えは今ココ、心の内側にあるからです。


そのため、相談に乗ってくれる先生は、おそらく、
原因をあなたに戻そうとします。

しかし、先生が

「あなたが原因なんですよ!」

とダイレクトに伝えると、
信頼関係が崩れたりと、色々な問題が起こります。


そこで先生はふつう、別の方法を使ってがんばります。

間接的に、原因をココに戻すわけです。


たとえば私であれば、

「不安になるんですが、どうしたらいいですかね?」

という相談をうけたら、
問いそのものには、答えないと思います。

「不安にならない方法」を伝えるのではなく、
「不安になってしまう」という”前提”を見るわけです。



「不安になるんですが……」と言う人には、
不安になったらまずい、という前提があります。

ということは、

「不安になってもいいんだ」

と思ってもらうことで、
少なくとも”不安になる不安”は消えるはずです。


“前提”に気づいてもらう。


……

前提。

これ大事ですね。


どんな前提を持っているでしょう?




「どうやったら怒らないで済むだろう」
という問いには、
怒ってしまう前提があるかもしれない。

「どうやったらお金持ちになれるだろう」
という問いには、
今はお金がないという前提があるかもしれない。

「どうやったら自信が持てるだろう」
という問いには
自信がないという前提があるかもしれない。


この前提は、本当に事実だろうか。





僕らはドコカにあることは考え慣れてるのに、
ココにあることは気づき慣れてないのかもしれません。




子供の頃に遊んだ秘密基地には未知があった。

大人になると秘密既知になった。

衝突は超越の序章

2017-05-31

人との衝突に苦しむこともある。


でも、衝突は必要だから起こる。

衝突することで、
結果はどうであれ、
真の癒しが降ってくる。

衝突には結束も含まれているから。


衝突しない方が進まない。


真の衝突があるとしたら……

ぶつからないこと。

無関心になること。

関係ないことにすること。


進みたいときは、思い切って本心を伝えてみる。


本音を言えないと、癒えない

本音を言えると、癒える


癒えないと、家にいない

癒えるとき、家にいる




黒澤です。


重要なのは、衝突に対してどういう姿勢であるかです。


どんなときでも大事なのは、
状況そのものよりも自分自身の姿勢なのです。


衝突は、消えることはありません。

最初は小さな衝突を経験するかもしれませんが、
成長するに従って
大きな衝突を経験していくことでしょう。


これは実は素晴らしいことです。

川の石が水の流れにあたると角が丸くなっていくように、
衝突によって魂が磨かれていきます。


もし今、だれかと精神的にぶつかっていると感じたら、
それはチャンスです。


逃げるのはもったいないです。

逃走こそ闘争です。


そもそも、
本当に関係ない人だったら衝突すら起きません。

衝突が起きたということは、
お互いの関係性が
そのステージまで成長したということです。


本音を伝えたとき、一時的に関係が悪化したように
見えることがあるかもしれません。

ですが、
それは今までのカルマが表面に出ただけで、
実はずっと衝突の種はあったのです。


でも、ただ自分の思いを押し付けるだけでは、
それは衝突ではなく、一方的な攻撃になってしまいます。

衝突とは、
相手の価値観にも完全にオープン(素直)になりながら、
自分の本音も語ることです。

そうして、
相手の価値観と
自分の価値観が
衝突したとき……

徐々に共通点が見えてきます。


表面の意見は違っても、
人の本質は一緒なので、
つながれる部分は必ず見えてくるのですね。


しかし、「自分が正しい」と信じていたら、
衝突のチャンスすらやってこないかもしれません。

「自分が正しい」と思っている人には、誰も衝突できないのです。

逆にいえば、
衝突できない状態(相手が話し合いに臨まない状態)にあるなら、
まだどこかに「自分が正しい」という気持ちが
残っているのかもしれません。


かといって、自分が間違っている、と思うのも変な話です。

なぜなら、
真実は「正しい」も「間違ってる」もないからです。

衝突による癒しが起きたとき、敗者も勝者も出ません。


今日は、勝ち負けや善悪を手放しましょう。

愛はそのような軸を超越しています。




もしかすると、とてもシンプルなことで、
衝突の先に進むことができるかもしれません。

無いが有るとき、有るは無い

2017-05-29



今は個人セッションのために東京に来ています。


あたりまえですが、東京は人が多いですね〜

東京来ていつも思うのは、
波動がいいとは言えないですが、
エネルギーはすごいことです。

なんというか、
いろいろなものや情報が動いてるな、と感じます。


よく都会がいいか田舎がいいかという議論がありますが、
私はどちらかというと田舎が好きです。

でも、どちらでも良いとは思ってます。


というのも、
ずっと田舎にいたら都会に憧れると思うし、
ずっと都会にいたら田舎に憧れると思うからです。


こういうの、他にもいろいろありますよね。


ずっと1人でいると誰かと会いたくなり、
ずっと誰かといると1人になりたくなる。

ずっと愛されないと寂しくなり、
ずっと愛されると重くなる。

ずっと不自由だと時間の自由が欲しくなり、
ずっと暇だと忙しさが欲しくなる。



たぶん大事なものは常に目の前にあるのですが、
失ってみないと
その大事さは分からないのかもしれません。

それは「無いもの」に意識が行っているからです。


でも実は、
失わなくても今この瞬間に
大事なことに気づくこともできます。

それには「有るもの」に意識を向けてみるといいのでは、
と思います。

(´゚ω゚)


都会の良さもある。

田舎の良さもある。

1人の良さもある。

誰かといることの良さもある。

愛される良さもある。

愛されない(と感じる)良さもある。

不自由の良さもある。

自由の良さもある。


ところが、
「ないもの」に意識を向けているかぎり、
どんなに状況が変わっても「ないもの」を見つけてしまいます。

3次元世界で、今この瞬間に全てを同時に体験することは、
できないからです。


何かを手に入れれば、空白を失う。

何かを失えば、空白が手に入る。


それなら……

「どういう状況か」よりも、
その状況に「どういう姿勢で在るか」の方が大事だ


と思うのです。


その上で自分が良いと思う状況を
選んでいけばよいのではないでしょうか。


     *


というわけで短い期間ですが東京を味わってみます。


P.S.

黒歴史ともいえますが、
昔はネットでニコニコ生放送とかしていたので、
路上で撮影とかしていたりアニメのイベントがやってたりするのを見ると、
なんとなくソワソワします。

ポジティブになれないのですがどうしたらいいでしょう

2017-05-28

ときどき

「ポジティブ思考になれない」

という相談をいただきます。


ところで、
私は自分がとってもネガティブ思考だと思っています。

「あーなったらどうしよう」

「こーなったらどうしよう」

などと考えております。


ただ、それについて悩むことはありません。


ネガティブなことを考えるときもあれば、
ポジティブなことを考えるときもあります。

それ自体は自然なことだと思います。


なので、

「ポジティブになれない」

と悩まなくてもいいんじゃないかな〜、と
思います。


そもそも「ポジティブになりたくない!」が
隠れた本音かもしれません。

だって、
ポジティブだけになってしまったら
ネガティブで居ることのメリットがなくなっちゃうからです。


ネガティブで居るメリットとはたとえば、

・誰かの気を引ける。

・落ち込んで休める。

・問題に早めに気づける。

などがあります。


それってメリットなの?と思う人もいるかもしれませんが、
逆を考えてみたら見えてくることもあります。

以下のような状況になったらどうでしょう。

・誰も気にしてくれない。

・休もうとする自分を責める。

・楽観的すぎて問題に気づかない。

……

これはちょっとイヤではないでしょうか。


実は、ネガティブそのものが悪いんじゃなくて、
「ネガティブがまずいと思ってる思考」が
壁になっているのかもしれません。



ネガティブを見てネガティブになってるときは、

「どうして自分はこんなにダメなんだろう」

と、自分を責めてたりします。

でもですね、
それは

「ダメじゃダメだ!」

って思ってるだけなのかもしれません。


ダメでもいいんです。


「正しくなきゃいけない」とか、
「ちゃんとしなきゃいけない」とか、
「これをやらねばならない」とか。

これらは思い込みです。


「しなければいけないこと」なんて実は1つもありません。

たしかに、
「しなければいけないこと」が沢山あるように、
思えるかもしれません。

私も過去そうだったからです。

ですが、1つ1つじっくり考えてみたら、
「しなければいけない」わけではなく、
そのすべてが自分で選んでいたことが分かりました。


でも僕らの自我は
「今の状況を自分で選んだ」なんて思いたくありません。

本当は「完璧な自分、すごい自分」で居たいからです。

そこで自我はダメな自分を隠蔽し、
「ダメな自分なはずがない!」と思い始めます。


つまり、こう疑ってみてはどうでしょう、ということです。

「すごい自分でいたい」という隠れた気持ちが、
「ダメじゃダメだ!」という
“ネガティブの否定”につながってるかもしれない。



自分の過去を分析してみて分かったことは、

「自分ってこんなにダメなんですよオーラ」

が出ているときほど、
実は

「すごい自分でいたい」

という気持ちが強かったことです。


ではどうしたらいいのか?


まず、もっとリラックスして
ダメな自分を受け入れてあげたら良いと思います。



ただし、これはいつも言っているのですが、
ダメな自分を受け入れるとは、
「そのままでオッケー(*・∀・*)ヒャッホー!」みたいな話ではありません。


ダメさがあることを正直に認めることです。

自分のダメな面をさらけだすことです。

オープンになることです。


「そんなことをしたら嫌われそう」と思う人がいますが、
実はそうでもありません。

ダメさを受け入れている人ほど、真実の魅力があります。


これは逆を考えてみればわかります。

ダメさを隠して自分のすごさを過剰にアピールする人を見たら
どう思うでしょうか。

たぶん、「あ、この人は自信ないんだな」と思うはずです。


というわけで、

「ダメじゃダメ」

というマインドから

「ダメなときもある」

というマインドに変えてみるといいと
思います。


注意点は、
「ダメじゃダメ」マインドがダメだ!とかなると、
さらに問題が複雑になってしまう点です。

そんなときは考えるのを諦めましょう。

そして無条件で信頼してみてください。


『ダメな自分を、いつかは受け入れられる』


そう信じて生活していれば、
いつのまにかダメな自分に素直になっていきます。

そしてこう気づきます。


「自分はダメな人間ではなかったんだなぁ。

ダメな自分で居たいだけだったんだなぁ。

ダメな自分で居ることで、
誰かと比較して
攻撃していた。

もう完璧な自分に拘るのはやめよう!」


こう気づき、自分を責めるのをやめたとき、
不思議な清々しさがやってきて、
他人を責めることもなくなっていきます。


おわり。



明日は東京で面談です!

お会いする方よろしくお願いします。