6:無謀すぎる起業

 会社員時代、給料は21歳にしてはあり得ない額をもらっていましたが、私はそれでも不満でした。人間関係でも年上の部下に妬まれ、社長や上司の機嫌を取るのもバカらしく思っていて、「何かもっと楽に稼げないか」「もっと有名になりたい、大きく成功したい」と思うようになります。

 それで、2013年4月ぐらいからインターネットビジネスの世界に興味を持ち始めます。「これは儲かるぞ」と思って勉強し出しました。ちなみに、私は17歳の頃既にインターネットビジネスの経験が少しだけありました。商品を紹介し、購入者がいると手数料が入るアフィリエイトと呼ばれるものです。それでどのくらい稼げていたかというと、月に100円とか200円ぐらいでした。それで「もうこれで食べていける」と勘違いしてしまったのです。「やっと俺の道を見つけた、起業だ」と。

 また始まったのです。バーテンダーなんて、つまらない労働をしていたらダメだ。フリーランス、かっこいいじゃないか。スタバでノートパソコンを開いて、自由で、誰からも命令されずに。お金持ちになったら幸せになれる!といった感じで「自分にも起業出来る」と勘違いしてゆきます。

 フリーターの頃からも気持ちは既に経営者視点で、「働くのはいつまでもやることじゃない」と思ってはいました。徐々に示唆は感じていました。誰かのふとした言葉や、偶然のめぐり合わせが、私を何かに導いているという感じがしたのです。居酒屋の店長からは「お前はここにいるような人間じゃない」と言われ、ダイニングバーに行ったら「こっちで働きなよ」と高級クラブに呼ばれ、すごい社長・会長が集まる世界を見せられます。これは、「起業してビッグになれ」という神様からのメッセージなのかもしれない、とポジティブに考えていました。順調に、といえるのかどうかは分かりませんが、レールから更に脱線していきました。

 ナポレオン・ヒル『成功哲学』の影響もあり、ついに会社員をやめ自分一人でやろうと決意します。2013年7月のことでした。急に社長に「やめます」と言うと、社長は「あらそう?  あなた、でもそうね。なんかそういう才能とかありそうだし。いいのよ、応援してるわ」と仰っていただけました。実名は出せませんが、この女性の社長もとても有名な方です。どうやらご縁の引きは強かったようです。

 さて、その時の私の資源全ては、銀行口座に5万円、借金が190万円でした。それこそお金儲け系のネットの情報商材やら何やら、色々と買うために消費者金融で作った借金です。その状態で会社を抜け出しました。普通はあり得ないでしょう。しかし、なぜかその時は「絶対に上手くいく」と勘違いし、「まあ、すぐに100万円とか稼げるだろう」という謎の自信を持っていました。起業とすら言えないようなものですが、とにかく自分一人で稼いでいこうと思ったのです。普通は起業というと、資金を集めて、法人化して、と色々準備するものと思いますが、全くそういう発想はありませんでした。ただ急にやめて、「稼げるでしょう」と思っていたのです。

 ですから、起業したときに私が何か持っていたものがあったとすれば、100円、200円稼げるネットビジネスのちょっとした知識だけ。あとはナポレオン・ヒルの『成功哲学』です。他には、技術も実績も、本当に何もありません。飲食店の知識とマジックの知識がありましたが、お金になるほどでもない程度です。コミュニケーション能力も自信がなかったので、誰かを頼る発想もありませんでした。

 会社を辞めたものの何も分からない状態ですから、上手くいくはずもありませんでした。月に100円、200円しか稼げなかったのです。それでも生活をしていかなければなりませんから、借金は膨らむばかりでした。お金がないので、毎日冷凍うどんばかり食べていました。あるときはお金の不安に精神をつぶされそうになり、夜中の街をゾンビのように徘徊していたときもありました。またあるときは生活保護を受けることを考えたり、コンビニのアルバイトを始めることを考えたりもしました。しかし、それはプライドが許しませんでした。前と同じような生活に戻るくらいなら死んだ方がマシだ、と本気で思っていたのです。

 どうにかしなければ、と焦って色々ネットや本で調べた結果、どうやらメンターを持つと良いらしいということが分かります。メンターというのは、先生、師匠です。それが私の成功の秘訣であり、大きな条件、あるいはヒントのようなものだったと思います。誰でも一人でやろうとします。もちろん、一人でやってもいいとは思います。しかし、もし一人で続けていたら私はとんでもなく遠回りをしていたでしょう。

 メンターを探すに当たり、ネットビジネスで一発当てた、というようなギラギラしている人ではなくて、今現在も本当に上手くいっている人の話を聞こうと考えました。偶然儲かった人ではなく、ずっと成功し続けている先生を、と探したのです。

 メンターとの出会いは今でも鮮明に覚えています。2013年の7月21日、セミナーに参加したのがきっかけでした。そのセミナーの講師はメガネをかけていて、だぼだぼのスラックスと白シャツを着ていて、話し方も独特でした。私は昔の自分を見ているような気分になり、「この人は大丈夫だろうか」と最初は不安に思いました。しかし、話を聞いていくうちに引き込まれます。インターネットや本の中に溢れている色々と勝手な意見とは違い、その人の話すことは偏りのない本質的なことでした。それは普遍の真理のようにさえも感じられ、この人に付いていくしかない、と私は確信します。そのセミナーの講師が、私のメンターとなりました。

 私は、情報の仕入先をメンターが話す本質的な情報だけに絞り、他の情報源の一切を遮断しました。テレビも本も捨ててしまい、ネットサーフィンもメールマガジンを読むのも止めました。最初の1年間はまるで出家したかのような修行のような期間となり、本当に一人だけこの先生と決めて学びます。メンターの言うことをひたすら素直に聞いて、愚直に行動しました。そうすると選択肢が自然に減り、迷いがなくなったのです。この頃になると歳上の人に可愛がられるスキルも身につけていたので、メンターの信頼を獲得することもできました。

 メンターには月に1回、個別で会って教わりました。アドバイス料金は一式60万円。190万円の借金は250万円に増えました。私の中には、まだ「何か楽に儲かる秘密があるのではないか」とうっすら期待が残っていましたが、そんなものは最初からなかったということを知ることになります。実際、ノウハウやスキル、つまり儲ける方法というものは、ほとんど教わっていません。

 私が上手くいかなかったのは「知るべき情報を知らないこと」が原因だったことを知ります。私は起業当時、知っているフリをしていたのです。ナポレオン・ヒルの『成功哲学』を読んだぐらいで上手くいくと思っていました。しかし、メンターに会い、自分に色々なことが不足していたことを学びます。情報を「知っている」程度では、上手くいくはずもなかった。「知っている」と「出来る」の間には凄まじい距離があることが分かりました。

 メンターから徹底的に叩き込まれた本当に知るべき情報とは、マインド、つまり成功者の考え方でした。マインドとは行動していくときに、こういう時はこうする、あるいはしない、というような行動指針のことです。すべてを正しく選択すれば、自動的に上手くいきます。ところが、何か選択を間違ってしまうと、うんと遠回りになります。

 メンターから成功者のマインドを学んでいくうちに、私は自分の思考が色々なものに支配されていたことに気づきました。親や色々な人たち、そして目に見えない国や政府、マーケティングなど、様々な支配の影響を受けて自分の可能性を狭めすぎていたことに気づいたのです。しかしメンター曰く、私は影響を受ける量が普通よりも少ないとのことでした。それは私が生意気で、大人の意見を無視してきたからだと思います。生意気さにも良いところがあったのだな、と思いつつも、敵を増やさないように気をつけようとも思いました。

 そんな私でも親の影響は強く受けていました。離れて暮らした後もどこかで依存しており、「このまま依存して支配されていたほうが楽だなあ」という気持ちがあったのです。これではダメだと思い、私は親を精神的に断ち切りました。物理的にも距離を置き、あまり会わないようにしました。

 メンターからは、「普通ではない成功を手にいれるためには、普通ではないダイナミックな行動と思考を持つことが大事である」とも教わりました。私は最初、「普通」の道に進もうとしていました。親の影響や、友達がみんなそうしているという理由で、「普通」の道が幸せになれると思い込まされていました。でも幸か不幸か、私にはそれが出来なかったのです。勉強が苦手で受験に失敗したことや、人間関係に馴染めなかったことなど色々な要因が重なって、多数派の道からドロップアウトしていました。でもそのおかげで、常識に囚われることが少なくなりました。メンターのダイナミックに行動する、という教えはしっくりきました。