8:クライシス

 自分のためにやっていくうちに、何か違和感を感じるようになりました。「こんなに稼いで楽しいのに、どこか納得がいかない。どうしてだろう」そんなことを考えているうちに、また飽きがやってきます。これしかないと思っていたビジネスの道が、何もかも捨てて没頭できた好きな仕事が、もうつまらなくなってしまったのです。

 何十万円、何百万円という入金があっても、嬉しいとも何とも感じなくなりました。楽しいことをやっているけれど、それが何だろう。楽しさを追求した先に何があるのだろう。自分だけが儲かって、何がいいんだろう。自分がいくら稼いでも、いっこうに幸福感が伴わないのはなぜだ。夢に見た自由とはこんなものだったのか。自分はいてもいなくても同じだ。などと考えるようになり、世界から切り離されたような孤独感に襲われます。

 そして、「自分は何のために仕事をしているのだろう。何のために生きているのだろう」と悩むようになりました。表向きは普通にセミナーを開いてコンサルをして、と変わりなく動き回りながら、自宅に帰った瞬間、鬱々と無気力に過ごすという日々が続きます。ひたすら食べて、寝て、ネガティブな妄想をし、延々とアニメを見るといった感じで、堕落していきました。世界が灰色に見えました。メンターは海外に行ってしまい、頼ることができませんでした。頼れなかった理由は、やる気がない自分を見られるのが嫌だったから、というのもあります。

 お金を稼げば自由で幸せになれる、その神話はガラガラと崩れ落ちていきました。それが2014年の冬、どん底まで落ちた時期でした。そんな状態は3か月ほど続きます。あの冬のことは、今でも忘れません。マイナスの出来事は何故か重なるもので、祖父が亡くなったり、批判的なメッセージが送られてきたり、うまくいかないビジネスがでてきたり、健康法をやってるのに体調を崩したり、信頼されなくなったりと、短い間に不幸といえる出来事が連発し、精神がさらに病んでいきました。

 今思い返すと、この頃は自分の器以上にお金を稼いでしまい、受け取れるキャパシティを超えてしまったのだと思います。宝くじで何億円という現金を急に手に入れた人の多くが人生を狂わせ破滅していくように、私は自分の器以上の大金を手にして抜け殻のようになっていました。何をやっても結局はうまくいかなくなる自分を見て、このときは「本当にすべてをやめてしまおうか」と思いました。

 そんな状況から抜け出すきっかけとなった出来事がありました。精神的などん底の最中、お客さんからいただいたメールをふとチェックしていたときのことです。いくつかのメールを読んでいたら「自信が持てるようになり、人生が変わりました」「お金では買えないものを教わりました」「おかげさまで売り上げが増え、商売を畳まずに済みました」といった感謝の声が目に飛び込んできました。落ち込む前まではそうした感謝メールを見てもどうとも思わなかったのに、このときはあたたかい涙が頬を流れました。泣いたのはいつ以来だろう、と思いました。泣き終わったとき、私の心は不思議と浄化されたようになり、軽く、明るくなっていました。

 なぜか絶縁されていた父親に連絡がしたくなって、思い切って電話をしました。コールするプルル、プルルという音を聞きながら私の手は震えていました。突然連絡して繋がるだろうかと思ったところでコール音が止まり「どうした?」という父の声が聞こえてきました。声を聞いたのは4年ぶりです。私は今度は鼻水を垂らして号泣しながら「ありがとう、ありがとう」と繰り返していました。現実を見ると問題は山積みでしたが、自分の気持ちの中で何かが変わり、行動を始めるエネルギーが湧いてきました。余談ですが、それ以来、父親とはときどき飲みに出かけるようになりました。