9:大転換

 気持ちが変わると現実も変わるもので、また新たなメンターがタイミング良く現れます。2015年の1月、たまたま読んでいたメルマガで、あるオンライン講座(インターネットで受けられる授業)が始まることを知ります。講師はメルマガの発信者とは別の人物で、どうやら雲の上のすごい人らしく、何かピンと来て直感で参加することにしました。実際に講座に参加してみると本当にすごい人だとすぐに分かりました。ここには詳しくは書けないのですが「神の力」を使える方で、多くの人が知っている有名人や大企業や老舗企業の経営者の相談に乗っている方でした。

 その講座の一番最初は、クライシス、まさに当時の私のように「自分を見失って崩壊したときのこと」の説明でした。講座に参加する前の案内にそんな内容は一切書かれていなかったにも関わらずです。「これは自分のことか?」とびっくりしますが、なんと、その講座の参加者全員がちょうどそのときクライシスに陥っていた、というオチがありました。

 講座の話を聞いているうちに気持ちが上向きになり、私は立ち直っていきました。悩んでいたことは、退化ではなくむしろ前進しているということや、色々と取り組んできたからこそ問題が起こり、クライシスが来ることを知ります。この世の終わりだと思っていたけれども、それも人生の大きな流れの中の一つの事象であり、必要なものだったことが分かりました。具体的には、今回のクライシスが「人を大事にすること」を私に教えてくれました。クライシスが起きて落ち込んだおかげで、取り返しがつかないトラブルが起きる前に大切なことに気づけたのです。

 私はその前まで、自分の願いを叶えるために生きていました。「生きたい」という思いで身を粉にして働いたフリーター時代、人間関係でがんじがらめになった会社員時代を経て起業し、今度は「好きなことして楽しみたい」と思ってそれも達成しました。こうした「やりたいこと」を中心に目標を達成していく願望成就の道について、私は目指すべきゴールだと信じていました。ところが新しいメンターによると、願望成就は人間が成熟するための準備期間にすぎないそうでした。また、その願望成就もできずに亡くなってしまう人が大半であることも知りました。

 メンターから教わったことを簡単にまとめると以下のようになります。願望成就が悪いわけではないが、それだけに囚われているとエネルギー切れになってしまう。もっと大事なのは自分ができることを丁寧に真剣にやること。自分が受け取ってきたものを次に渡していくこと。自分という枠を超えて、感謝の気持ちで人様のお役に立つこと。

 私は2人目のメンターに会うまで、貢献や利他といったことは大事だと理解していながらも、心の奥深くでは綺麗事だと思っていました。それよりも自分がマインドやスキルを身に付けて、やりたいことをやるのが正義だと思っていたのです。私が最初のメンターから学んだマインドは、たしかにパワフルでした。しかし、包丁が人を刺す道具にも美味しい料理を作る道具にもなるように、マインドは使い方を誤ると危険であることも体験してきました。

 学んでいくうちに当時の私は世の中に存在するマインド論、多くの自己啓発は「成功」という視点に偏りがちだと気づきました。成功とは、周りよりも「上に立つこと」とも言えます。しかし、人に勝利した結果待っているのは精神的な孤独です。たとえお金があっても、たとえ自由な時間があっても、誰かと一緒に居たとしても、心からは楽しめない状況がやってくる可能性があるのです。幸福と成功は関係はあるものの、それは微々たるものです。もちろんマインドが不要というわけではありません。マインドはパワーであり、それはマイナスにもプラスにも使えます。それが良い方向に使われるかは、使用者の人間性によります。成功が悪なのではなく、人間性を成長させながらも成功を目指すことが重要であると気付いたのです。

 以上のような気づきの結果、私の内側でも、厳しさやダイナミックさという男性的な要素と、愛や優しさという女性的な要素の調和がとれてきました。あるときは全身の細胞が生まれ変わるかのような大きなパラダイムシフトが起きました。まるで別人になったような感覚で、それまでの考え方が一気に変わったのです。

 新しいメンターから得た一番の気づきは、「自分も周りの人も、同時に豊かになっていける生き方もあること」です。以前の私は、自分が成功しようと思ったらどこかで周りを傷つけて犠牲にしたり、逆に自己犠牲をしたり、我慢しなければならないと思っていました。またあるときは「働くのは悪で、さっさと金持ちになってリタイアして自由に暮らそう」と思っていたこともありました。しかし、真に貢献の意味を理解し始めたとき、「ただ人のために動けばいい」というシンプルさに気づきました。働くことが幸福だと思えたとき、燃え尽きたようになっていた私の心に静かな青い火が灯り、じわじわとエネルギーが戻ってくるのを感じました。

 私は、この頃から精神世界や思想、哲学、宗教の勉強と修行に、狂ったように没頭していきます。学んだり修行したりするだけなく、数千人の人の相談に乗って、知識が現実で使えるかどうかを実験していきました。そうしていくうちに、東西の色々な教えの中に「本当の自分」が登場することが分かります。「真我」とか「魂」、「神」、「空」、「ワンネス」、「それ」など呼び名は様々で、それぞれ表面的な意味は違っても深いところでは繋がっていて、どうやらその「本当の自分」は成長と貢献を望んでいるらしい。「本当の自分」との一体化が精神の自由に他ならない、と実感していきます。

 こうした考え方は世の中ではスピリチュアルと呼ばれている部分です。スピリチュアルというと、以前の私は胡散臭いとか怪しいとか非現実的だと思っていました。もちろん真実と見せかけた偽物の情報が現実に多く存在していたり、人の手によって力を失った教えも多くあったりします。むしろスピリチュアルを学んでいなくてもスピリチュアルの本質を会得していて人間性が深い人もいます。また、現代では情報も増えて何が真実か分かりにくくなっています。少なくとも今の時点では「スピリチュアル」という言葉は人によって意味が大きく異なってしまうので、私はこの言葉があまり好きではありません。

 美しい景色。素晴らしい作品。あたたかい言葉。優しい気持ち。そうしたシンプルなところにスピリチュアルの本質が隠されているのだと思います。

 昔はスピリチュアルという言葉を知らなかっただけで、スピリチュアルな気づきは私が小学生の頃に既にありました。しかし、親や世間の影響を受けて「いじめられないために」「社会に馴染むために」頑張っていたことが、実は自分の本質を消し、能力を抑圧していたことに気づいてゆきます。もちろん、その「能力が発動できなかった期間」も成長に必要なものだったのだ、と今でこそ思います。

 過去や古い考えの枠組み、パラダイムを捨てるのは簡単ではありませんでした。しかし、ひとたび手放してしまえば今の自分に必要な人や物、お金、情報などのリソースが向こうからやってくることを、私は既に体験していました。大学を辞めたときも、会社員を辞めたときも、今まで積み上げてきたものを捨てることになりましたが、そのたびに新たな出会いやチャンスがやってきました。執着を手放して、変化する許可を自分に与えたときに奇跡が起こる。そう確信していました。

 そして、2015年の春。仕事そのものはアドバイス業で変わりありませんでしたが、そのやり方が大幅に変わりました。ブログやメルマガなどの内容を一新し、自分の稼ぎよりも、人との関わりや自分の信念を優先するようになりました。

 また、この頃から「自由」という言葉に含まれる情報量が一気に増えました。最初は「お金を稼いで自由になってもらいたい」という物質的なものでした。今度はそれだけではなく、本当の自分の人生を生きてほしい、精神的にも自由になってもらいたいと、精神的なものが加わりました。私自身が成功を目指して苦労したため、多くの人に「お金を稼ぐだけでは真に自由になれないこと」を気づいて欲しいと思ったのです。とにかく、人のためになるにはどうしたらいいかを考え、自分が好きなことに固執せずに人から求められることをやるようになりました。

 そうしたら、お客さんの反応がみるみる変わりました。もちろん私の考えが変わったことによって離れていってしまった方々も多くいましたが、より深く信頼してくださるお客さんが出てくるようになったり、新たにやる気のある人が集まるようになったりしました。以前の私は、正直なところ、お客さんを信者化させていました。しかし、依存と支配の関係は長く続かないこともまた学びました。この頃からは本当の家族のようにお客さんに接しようと決めました。結果、お客さんも私を盲信するのではなく、自分から成長しようと思ってくださるようになりました。